ASD の食卓

ASD当事者が自閉症でよかった!と思える良い出来事を中心に記事を書きます。あまりネガティブなことを書きすぎないように気をつけます。でも時々は愚痴ってしまうかも。

母の大魔王の話

 ユーカリです。眠れなくて記事を書いています。

 

 

 もうすぐ本当に親族をブチって、結果家族とも縁が切れます。

 

 

 いきつけの神社の書き込みノートに、「不思議です」と書いた。何がかというと、まさかそこまでする気はなかったのに、親族の暴言と干渉で、もうそうしなければいけないような状況になってる。何も求めてないのに頼られるのではと思って不安になって暴言を吐いて怒鳴ったり仕事のことにも干渉してくる。年齢もあるのかな。しかし親族がもう少しスマートに対応してくれていたら、家族ともゆるーくつながった状態で、暮らしぶりを聞けたはず。しかしそうはならなかった。差別した家族の事は許したわけじゃない、しかし憎んでいた気持ちはもうない。でも、きっと実際に会えば、「何も変わってない・・・」と絶望するような気がする。「ああ、やはりこういうところが許せなくて別れたんだ」「和解してはいけなかったんだ」と思うような気がするというか、離れていると嫌なことを忘れてしまう。そういう生々しいものから今は離れられている。離れると、良かったことを思い出す。

 

 でも、振り返るのはほとんど「育てて養ってもらった恩」。

 子供時代の風景や思い出もあるけど、

 今は最早、彼らが家族だという実感はない。

 もう終わったことだと思う。

 私は子供のときの私じゃないし、今は別々の人生だと感じる。

 

 

 こどもの時、母親がよく、「もし大魔王が来てあなたたち子供を食べると言ったら、おかあさんが身代わりになる」「もし子供のどちらかひとりを食べると言われてもとても選べないから、おかあさんが身代わりになる」と言ってた。母がなんでそういうことを言ったのかわからない。でも、その十数年後くらいに、本当にそうやって決断を迫られる瞬間が母親にやってきたから、恐ろしいと思う。たぶんそうやって何回も言ってたから引き寄せの法則で引き寄せてしまったんだろう。あるいはそれがカルマだったから実際に起こる前から意識していたのかもしれない。そのとき母親がしたことは、子供を大魔王に差し出して自分が助かることだった。悲しいけど、今は仕方ないと思う。私を育てたことで、失うことで、ほんの少しでもカルマを消化して越えてたら、意味があったと思う。スピリチュアルな話ですが・・・

 

 おわり。